【本】実力も運のうち マイケル・サンデル著【その才能は自分のもの?】

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私はこれまで、才能が発揮できないことは努力不足だと思っていました。多くの物事は、頑張ればできるようになるし、頑張らなければできるようにならなかったからです。また同様に、手に入れた能力は自分が頑張った、努力したから手に入った、と思っていました。確かに努力で手に入れた能力は素晴らしいです。努力自体を否定するつもりはもちろんありません。むしろ誇っていいと思います。

しかし、社会人になったころ、「努力できる才能」という概念を知り、今ではその意識を持っておくことも重要だと考えています。この考えをもつことで、謙虚な人間でいることができ、より成長できるようになると思うからです。

今回はその考えに至るうえで非常に参考になった書籍「実力も運のうち 能力主義は正義か?」を紹介したいと思います。哲学的な本ですが、じっくりと読んで行けば難しい内容でもないと思います。

ぜひ、読んで行ってください。

どんな本?

まず、どんな本か?について紹介していきます。

作者について

マイケル・ジョゼフ・サンデルは、アメリカ合衆国の哲学者、政治哲学者、倫理学者。ハーバード大学教授。ミネソタ州ミネアポリス出身。 コミュニタリアニズムの代表的論者であり、その論述の特徴は共通善を強調する点にある。また共和主義者を名乗ることも増えている。

Wikipediaより抜粋。

マイケル・サンデルさんは、複数の著書を残している哲学者です。本書の内容も哲学的な部分があり、少し文章も難解です。こういった本は重要な部分を抜き出し、かみ砕いて読んで行くのが良いと思います。

本の概要について

基本的に本書はタイトル通り、才能が発揮できていることにも、運の要素がある、ということを論じています。そして、現代は才能や努力の評価が大きすぎるのではないか、という問題提起もなされています。

政治哲学者というだけあり、オバマ元大統領をはじめ民主党、つまりリベラルな政治家に対し、懐疑的に見ている主張も見られます。

この記事では3つのセクションに分け、本書での主張とそれに対する私の考えをご紹介していきたいと思います。それではよろしくお願いします。

能力はなぜ重要か

まず現代では、人を雇う際、能力が重要視されている、という前提があります。では、なぜ能力が重要なのか、なぜ能力を評価する必要があるのか?考えたことがあるでしょうか。私は全く考えたことがありませんでしたが、本書では以下のように述べられています。

①有効性:より現状を改善することができる
②公正:人種、性別、宗教等、偏見がない

言われてみると、確かに納得できます。資本主義の国に存在している企業では、現状を改善することを常に求められるでしょう。それこそが企業の存在理由の一つ、とも言えるかもしれません。

そして、公正さは最近、LGBTQ等が取り上げられ特にトレンドになっている部分だと思います。そのような現代社会で、能力のみで人物を評価することができれば、差別は起こりえないはずです。この特徴が、主にリベラルな層に支持され、実際性差別や人種差別の解消に一役買っている部分があると思います。

この2点から、現在は能力主義、能力偏重な世の中が形成されている、と考えることができます。

成功はその人の努力のおかげ?

ということで、なぜ能力主義が浸透するのか、受け入れられるのか?が分かりました。では続いて、成功や能力は、その人の努力によってもたらされるのか?について考えていきます。

現代の成功者の多くは、自分の努力や頑張りによって成功を獲得した、と考える人が多いと思います。前述の通り現代では能力主義が浸透しているので、当然のことです。何度も言いますが、努力してきた人を否定するつもりはありません。血のにじむような努力の末に、今の成功があるのも事実でしょう。

しかし、逆に失敗してしまった場合は、その人の落ち度で失敗したと言えるのでしょうか?ここが問題になります。頑張れば成功できるのに、頑張らなかったその人が悪い、となってしまう。しかし、本当にそうでしょうか。なんだか、世知辛い考え方になってしまいませんか?

努力できる人の共感性

こうした能力主義は、努力できる側の人の共感性を蝕んでいくのではないか、というのが本書での主張の一つです。私が重要だと感じたポイントは2つ。そもそも生まれた環境に差があること、努力できる性格とできない性格があることです。

世界各国の政府は必死に格差是正、機械均等を目指しています。しかし現代では、残念ながら全くの平等は達成されていないと思います。日本に生まれるのと北朝鮮に生まれるので差がないとは思えませんよね。

しかし生まれる場所は当然、選ぶことはできません。これは確実に、当人の努力不足が原因ではないと言えます。

また、努力できない性格への理解も重要だと思います。性格は遺伝と環境が大きな決定要因になっているため、これも自分では決められないものと考えることができます。環境を変えろ、と思われるかもしれませんが、「環境を変えられる性格」になれるかにも性格が関係します。これではループに入ってしまいますね。つまり、努力できる性格でないことは、本人の努力不足が原因とは言えないということになります。

つまり、生まれた環境と性格の2点は本人では解決できない、ということを、努力できた側の人々も認識しなくてはいけません。

しかし、世界の潮流はどうでしょうか。アメリカ、特に民主党の教育政策では、障壁を取り除くことに焦点を置いた政策が多いとされています。例えば、成績優秀だが裕福ではない子供に、金銭的な援助をする等です。障壁を取り除けば、誰もがいるべき場所まで到達できる、という考え方です。個人的にも、補助自体は必要なことだと思っています。

ですが誰でも補助があれば上に行ける、となると、上に行けなかった人は努力不足、とみなされる可能性があります。本書ではそれが恐ろしいとされています。学位がない人の存在を貶め、低学歴への偏見をあおる結果を生んでしまう。一つの分断をなくしたら新たな分断が生まれてしまうのです。

ではどうすべきか

本書の素晴らしい点はここまでのように問題を提起した後、解決策を考察していく点です。読者に解決を任せず、本人の考えが示されているのは大変有益ですよね。

まず、結果の平等を求めることはNGとされています。結果の平等とは、よく言われている徒競走で全員並んでゴールする、というあれです。これは強いものに重りをつける行為で、全体での利益の総量を減らすことになってしまいます。そのような選択は、その組織の体力をどんどん削ってしまうからです。結果の平等を求めることはやめましょう。

ではどうすべきか?本書では才能を共通の資産とみなし、生じた利益を分かち合うことが推奨されています。才能を運よく発揮でき、利益を得た人は、その一部を才能が発揮できなかった人に分け与える。これなら才能を伸ばしつつ、格差も生まれにくくなります。全体での総利益が伸びていく形にできるわけですね。

この方法では、才能を得た人からどのように受け取るか?は課題となります。受け取れる人の基準も必要になります。しかし、国が執り行う税金と補助金も、この形になっています。結局、多くの人が納得できる社会に最も近づけるのでは、この形ではないかと思います。

また高等教育が選別装置になっている、という問題点が指摘されています。つまり、お金がないと入れないエリート学校の存在ですね。そういった学校は、多くの理由があってそのような仕組みを作っていますので、覆すことは難しいでしょう。

これの解決策としては、出世しようがしまいが、尊厳と文化のある生活ができる環境、が提案されています。これは公立学校や図書館などの公共施設のみで、ある程度の幸福をつかめる環境を作る、という意味だと解釈しています。お金を出してエリート学校に行ってもいいし、公共のみでも成功を目指すことができる。そんな社会だと生きやすそうですね。

この仕組みはどこから資金を作るのか?は課題になりそうです。しかし、公共への投資は比較的国民の納得を得やすい分野だと思いますので、なんとか実現してほしいですね。

まとめ

ということで今回はマイケル・サンデルの「実力も運のうち 能力主義は正義か?」を解説してきました。

強く意識しようと思ったことは、自分だけで生きているのではない、ということです。どんなに才能があり、現在はそれを発揮できていても、それは自分ひとりの力だけで獲得できた訳ではありません。

少なくとも、才能を認めてもらえる幸運を手にしている、という謙虚さが大事です。謙虚な気持ちでいることで、今の自分が足りないものを自覚し、より成長していくことができるでしょう。

今回の記事は以上となります。
最後までご覧いただきありがとうございました。

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